今年の漢字「絆」は茶番なのか

今年の漢字は「絆」=震災、なでしこなど反映―漢検協会


ということで、一年の出来事やら印象やらを総括して「今年の漢字」を定めるのが毎年恒例となっていますが、今年は「絆」だそうです。
個人的にこの「今年の漢字」というのはどうもネガティブがイメージが強く、「今年はこんなに大変な年だったから来年はがんばろうネ!」的な意味合いが強く押し出されている(かどうかは知らないが、受けては皆そういった印象で受け取り消化する)のが苦手だったので、今年も「災」とか「粛」とか「水」とか「震」だとか、そういったところかなと思っていたのですが「絆」というわりかしポジティブな漢字だったので意外でした。

まぁその「絆」という漢字自体にも「今年はこんなに大変な年だったから来年はがんばろうネ!」的な意味が内包されているのは間違いないのですが、それ以上にネット上の反応がかなり反発的だったのが印象的でした。
例えばTwitterにしてもまとめブログにしても、否定的レスをしているのは被災県以外の方が大多数だったので、なんというか震災から1ヶ月、2ヶ月経った頃の被災地とそれ以外の地域のギャップに近い感覚が蘇りました。


というのも被災地において、数週間生活した時の経験というのは今まで感じたことのないもので、「絆」というべきかどうかはわかりませんが、少なくともそこに繋がるであろう「恩」や「優しさ」といったものはとんでもなく身に染みる毎日でした。

普段疎遠な隣近所の人も、道で行き交う見知らぬ人も、例外なく「こんにちは」と挨拶しあい、生活のために協力しあう光景は日本人の底にある優しさを強く感じたものです。9ヶ月経った今ではそれもすっかり薄れてしまったようだけど…。
自分の自宅の地域は女川や南三陸ほどではないにしても木端微塵になりまくり、5月中旬に電気が復旧し、8月末まで配給で飯を食ってたわけですから、国内外の支援なしではほとんどの住民が凍死か餓死していたことでしょう。


痛みを等しく分かち合え!というわけではなく、被災して今生かされている人間は少なからずそうした恩の上で助けられているので、「絆」という漢字が現実と剥離しているとは一概には言えないんじゃなかろうかと思うわけであります。

自分よりよほど厳しい環境にいる叔父叔母が事あるごとに飯を奢ろうとするのには頭があがりません。あと震災後から急に小中学の頃の同級生たちと付き合いが増えてきたのもKIZUNAと言えるかもしれない。まだまだ現在進行形で色んな人に助けてもらってばかりです。
まぁ今年は色々あったやね。


そういや庭に生えていた柿の木が、病気で近年は柿の実が全然ならなかったんですが、どういうわけか今年は大量になりました。なんでや。



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