時間は止まらない。そして俺はApple信者ではない。

Appleのスティーブ・ジョブズが先日、10月5日に亡くなった。
間違いなく21世紀初頭を代表する歴史的人物として永遠に語り継がれていくだろう。
ここに心から追悼の意を表します。

彼が成した偉業の数々に関しては、自分ごときが改めて書かずとも散々語りつくされているので書かない…というか、自分自身ジョブズの事を知ったのはほんの2、3年前でした。


Apple製品との出会い

今では敬虔なApple信者として周知されている私、ひよぴさんですが、ほんの3年前までは嫌Mac家のWindows野郎として名を馳せていました。ここ数年の手のひらの返しっぷりには周囲も呆れるほどであります。

さて、そのApple製品に触れたのは初代 iPod nano でした。きっかけはコンビニでバイトしていた友人がノルマ達成のために営業をかけてきたのが始まりですが、こんなチンマイのに音楽100曲以上入れられる上にジャケット画像も表示できるのか…スゲェ! と思い、MDプレイヤーの液晶に漢字が表示できるだけで歓喜していたくらいにはデジモノ好きだったのも手伝い、勢いで購入したわけです。
いざ手にとってみると、実際の機能や便利さはもちろんとして、iPod nanoというモノ自体の美しさ、所有欲にあっという間に魅了され、日々の生活の中で音楽を聴く機会が減っていたのがですが、それが一気に音楽もiPod nanoも手放せないというようになりました。


…こう書くと一気に、俗に言うApple信者っぽくなるんですが、あの頃はiPod nanoはともかくMac自体は嫌いでした。特に理由はなく「Windows全盛の世の中で、過去の印刷業界の云々でしぶとく生き残っているマニア向けOSプギャー」くらいの認識でなんとなく嫌っていたわけです。そんあ事を言いながらIEを忌み嫌いFirefoxやSleipnirを使っていたのですからダブルスタンダードもいいところです。

食わずぐらいともいいますが、同時期に働いていた印刷会社では業務の都合でたまにMac(OS9)を使用することがあり、それのマウスが1ボタンしかなかったり、そもそものスペックが低かったり(これはMacは悪くないが)なんだか色々と野暮ったくて尚更微妙な感じが自分の中で増幅されていました。


高機能端末に感じた未来

その後転職し、2008年になってから初代iPod touchを購入しました。iTunesでアルバムアートをこまめに設定していた自分にとって、大型液晶にジャケットがドンと表示されるのにかなり痺れたわけです。Wi-Fiも満足に普及していない時代だったので、大半のアプリは使えず、iPodの機能と電卓アプリを使うくらいだったが、ネットに繋がってさえいればsafariや地図が使えるのを想像するとものすごい未来を感じたりもしていた。
が、その時はイーモバイルのEM Oneを所有していたため、とりあえずは音楽が聴ければ満足という状態になっていました。
EM One は、携帯ゲーム機程度のサイズでWindows Mobile(たしか5.5)とタッチパネルを搭載し、3G通信により単独でネット接続できるという革新的なデバイスでした。ただ、OSの完成度、タッチパネルの精度、バッテリーなど、今考えると問題だらけの逸品だった気もします。

2008年後半には初のスマートフォンとしてHTCのTouch Diamondを購入。EM OneとiPod touchのそれぞれの用途をTouch Diamondに集約しようと思ったのだが、これが結構微妙な出来(当時のものとしては充分な水準だったが、スマートフォンというもの自体がガラケーと比べると微妙だった)で、あまり使わなくなってしまった。
結局ガラケー(H11T)と2本持ちにしたため、Touch Diamondは文鎮と化した。

2009年の年明け、日本でもいよいよ発売されたiPhone 3Gが一台、社用として降臨しました。
興味があったので色々いじってみると、これまた通信速度がすっとろい、すぐ熱を持つ、と結構微妙な感じだったわけですが、UIの美しさ、OSのギミックと、そこから想像できる未来的な感じは大いに魅力的に感じました。後にWi-Fiに接続し、色々とアプリをDLしてみるものの、当時は英語のアプリばかりだったりであまりその恩恵は受けられませんでした。
ちなみに、この頃はまだまだ同僚にもネタにされるくらいMac嫌いでした。


裸一貫で独立

その年の春に貯金が3000円しかない状態で退職し、ひと月が過ぎた7月頭に丁度アップデートされたMacbook Pro 15インチを購入しました。中身のCTOでSSD 128GB、メモリ4Gに増設したモデルで、前職の給料2ヶ月分の価格がしました。
退職する数カ月前にiPhoneアプリの企画を社内で立ち上げ、動かす前に諸般の事情で急遽退職してしまったので、どうせなら形にしたいナーという気持ちがあったので開発機材として、またデスクトップ至上主義ではあったのですが独立直後から東京出張が増えたので、ノートの一台も持っておいた方がいいだろうと思い、伝家の宝刀クレジットカードを用いて購入に踏み切ったわけであります。


SSDの恩恵も手伝ってか、Macbook Pro、もといOSX Leopardの使い心地はそれはそれは素晴らしく快適でした。はじめて使うOSということでMac系の雑誌を買ってみたりしたわけですが、どうもiPhoneがあるとMacライフがより捗るらしい。同月、7月下旬にはまんまとiPhone 3GSを契約していました。翌月にはSnow LeopardのリリースにあわせてTime Capsuleを購入。
かんたん!べんり!じどう!で革新的なバックアップに衝撃を受け、仕事柄多くの差分データやらを扱うのもあり、もはやMacが手放せない状態になってしまっていたわけです。

翌年1月頃、かねてより噂されていたiSlateだかiPadだかというAppleのタブレットマシンがいよいよ公開される!と各メディアが沸き立っていました。そんな日々からそう時間をおかずカンファレンスが開催され、その模様をたしかUstreamだか、リアルタイム更新かなにかで見ていたと記憶しています。その時にスティーブ・ジョブズを知りました。いや、存在自体は以前から漠然と知っていたと思いますが、はじめて本人のことを意識して見たのはこの時がはじめてでした。
とはいえ、へー、このおっさんがAppleのCEOか。くらいの認識でした。また、その時はすでに病気で痩せ細っていましたが、元の姿を知らないのでフーン程度にしか思っていませんでした。


Apple製品を通じてスティーブ・ジョブズを知る

iPad自体は非常に魅力的で、2010年はiPadからはじまりiPhone4、MacBook Air 11インチを購入するほどに深みにはまっていきました。そうなれば最早、Appleの情報など自然に日々収集していくようになります。その過程でジョブズがどんな人物なのかを知っていきました。
そして辿りついたのはかの有名な「伝説のスピーチ」の動画。これを見たひよぴさんは非常に感銘を受けました。



要約すれば、やりたいことやっとくのが一番イイよ。という事です。たぶん。

自分のような、会社組織が肌にあわずに身ひとつで飯を食いつないでいる身としては、すごく共感できたわけです。

ジョブズや、自分の知る所ではホリエモン等の成功者は皆、口をそろえて「死んだらおわり。やりたいことをやるべき。」と言います。
そして、今ではアメリカの国家予算を超える現金を保有する世界最大の企業に成長したAppleのCEOであるジョブズが実際に死んでしまったわけです。これは、どれほどの地位と名誉と金を持ってしても病気に勝てず、56歳という若さで亡くなってしまうんだ。というある意味強烈な事実を再認識できます。


諸行無常

人は死ぬ。この世で最も確実で唯一絶対の真理。
今年3月のスーパークソッタレ大震災で多くの人が命を失いましたが、その一人でも今日津波にのまれて死ぬとは夢にも思わなかったことでしょう。あんなクソ地震が起きてクソ津波で街が壊滅しまくってクソ原発が爆発するとはあの日あの瞬間、それぞれの事象が起こるまで想像だにしませんでした。
このブログでも何回か書きましたが、要は、人生いつ終わるかわからない。ということです。

明日天災で死ぬかもしれない。今日心臓発作で死ぬのかもしれない。今この瞬間にも隕石が降ってきて死ぬのかもしれない。
そう考えると、ジョブズの話は非常に理に適っていると思います。また、その生き様も尊敬に値するものです。

彼の名言とされるもののひとつに次のような言葉があります。

墓地の中で一番のお金持ちになることは、私にとって重要ではありません。夜寝るときに、私たちは素晴らしいことを成し遂げたと言うこと、それこそが重要です。 

自分自身、会社を辞めたときに思い描いた理想にはまだ届かないが、これまでの活動からそこへの道は開けつつある。少なくとも、 誰の得にもならない愚痴もでなくなったし、月曜日が憂鬱でもなくなった今の生活には満足しているが、それだけでは幸せとは言えないでしょう。
というわけで、彼の死を契機に、私も自分の道をこれまでよりも貪欲に開拓していきたく思うのです。まぁ、その辺は別エントリーで。


自分の仕事に人生を捧げたジョブズは、新製品発表会で登壇するたびに本当に嬉しそうな顔で自分の手がけた作品を紹介していました。そういう、ほんとうの意味での「仕事」をできるようになりたいものです。
彼の死を知ったのも、彼の作品であるiPhoneを通じてのことでした。これは彼が本当に素晴らしい「仕事」をしたことなんだと実感できたことです。


このイラストは敬意を表してApple社に寄贈させて頂きました。



最後に。俺はApple信者というわけではない。

2011年、震災後になりますが、iMac 27インチ(late 2011)、MacBook Pro 15インチ(late2011)、Macbook Air 11インチ(late 2011)、Thunderbolt Display、Apple TV、iPad2を購入しました。明日はiPhone4Sを受け取ってきます。
Time Capsuleのおかげで、震災後の仕事への復帰は非常にスムーズでした。iMacをきっかけに、全ての仕事環境がMacにおきかわったわけです。

傍から見れば頭のネジがハズレまくっている狂信者かもしれませんが、別に信者ではありませんので。あしからず。
独立前は、Mac嫌いのWindowsびいきだったり、PS3嫌いXbox360信者だったり、他にも他にも色々と偏った人間でした。ただ、Appleがどうこういうわけではなく、独立し、さあ色々作っていきたいなぁと思ったときに、そういう感情は不要だなぁと感じすべてをフラットな視点で見るようになった。というだけです。

OS、ゲームハード、携帯のキャリア、家電、衣服、映画、漫画、音楽、あらゆるブランドに対して執着心を持たなくなったわけです。好きなものを贔屓し、対立軸にあるものを中傷するというもの、競争には必須の要素なので否定はしません。人は基本的に物事を否定することで己のアイデンティティを確立します。けれど、一歩引いた目で静観し、固定観念を排除することで何にでも積極的になれます。自分が認めたもの・知っているものではないからダメだ、というのではなく、自分の世界にはなく、よく知らないからこそ「楽しもう」という気持ちでいられるので、結果さまざまなことに積極的になれるのだと感じています。

基本的に消極的な自分が、宛もなく貯金3000円で独立し、その後生き残っていくためにはそういう風に気持ちを入れ替える必要がありました。そのおかげで今があると思っています。


で、なんでこんなにApple製品をアホみたいに買っているかというと、単純にWindows 7と比較して便利だから。その一点のみです。垂直統合型のコンテンツが花開きiPhone、iPadとの親和性も抜群なので、仕事以外の生活部分でも必須になりつつあります。
PCに限った話で言えば、Windows 8ははじめからモバイルとデスクトップを統合したOSになるそうなので、そちらの方が便利となればそちらに乗り換えるでしょう。

こだわりは大事ですが、モノと価値観が溢れる今のこの世の中、あえてこだわりを持たず、けれど好奇心は持ち続けて右へ左へ漂うのも面白いかもしれない。そう思うわけです。


Posted in . Bookmark the permalink. RSS feed for this post.
TRYCHEST. Powered by Blogger.

Pages - Menu

Search

Swedish Greys - a WordPress theme from Nordic Themepark. Converted by LiteThemes.com.